机上亭-エセ日乗

エセ日乗 2004/7月

エセ日乗2004/7/16

進学の説明を受けるために学校へ行かなければならなかった。夜更かしのせいで普通どおりの時間に起きるのが辛かった。朝食のあとにコーヒーを淹れようとしたが、豆が切れていたのでインスタント・コーヒーを胸に流し込んだ。ビニール袋に水を貯めているようだった。

学校に着くと、もう何度目か分からない説明を聞かされた。以前にも同じ話をされたような気がしてくる。酷く眠い。窓際の席は暑い。脳味噌の小指一本分ほどの深さのところがぼやぼやしてくる。僕は先生の言葉の端々から全体を掴み取ろうとしたが、うまくいったとは言えなかった。

夏期講習の日程を確かめるために、帰り際に掲示板を見にいった。二時限目・K502とある。K502……。北館五階二号室。あるいはケッヘル番号502、と僕は思った。K502はどんな曲だったか思い出そうとしたが、なにも糸口が見つからなかった。大ト短調は? 500番台のはずだったが下二桁は完全に沈み込んでいた。これもやはり思い出せなかった。ひどく嫌な気持ちになった。

エセ日乗2004/7/17

犬の散歩。犬の夏毛が腕に刺さる。時間は六時をまわったころで、間接照明になった明かりが無駄なく辺りを照らしている。地面の中に残った昼間の暑さが漏れ出しているのが分かる。そのせいで背の低い犬は、伸びきった舌をぶらさげながら息を吐かなければならなかった。犬の息切れと、胴輪と手綱と鑑札がぶつかって立てる不規則な金属音を聞きながら公園へ向かった。僕は飼い犬がとても年を取ったことを感じた。

公園の前の最後の交差点。犬の足取りは遅かったが、車が少ないので特に急ぐ必要はなかった。横断歩道のまんなかに来たときに、僕は首を横に曲げて車道の行くさきを見た。車道は坂道で切れていた。それまでの空中にはいくつか赤信号が浮かんでいた。

エセ日乗2004/7/26

お金がないと暇になる。これはインドア人間の理屈だ。

せっかくの夏休みだからアルバイトのひとつでもすればいいのだろうが、校則を逆手にとり、真っ当な風をよそおってごろごろと怠けて、規則遵守! なんて呟いている。そのくせ「ああ退屈だ。やりきれない」と言ってまるきり鈍感でもないことを見せてみる。結局僕はなにかしら意外な形での新展開があるのを待っている。

エセ日乗2004/7/31

乞食の消滅・ベト全・迷子・茄子スパ

秋葉原までチャリンコを転がす。隅田川を越えるときに、テラスの乞食郡が消滅してしまっている事に気がつく。花火大会のために移動させられたのだろう。しかし僕には、乞食がいないと隅田川はおさまりが悪いように見える。僕が見てきた隅田川にはいつも乞食がいた。今はいない。水が義務的かつ事務的に流れて、たまに水上バスが通るだけ。中身のない冷蔵庫を眺めているような気分になる。まあいい。どうせすぐ元通りになるんだから。

石丸電気でナット演奏のベト全(ベートーベン・ピアノソナタ全集)を買う。8枚組みで税込み4200円。安い。

ついでだから神保町で本を買って、裏道から帰ろうとしたら迷子になった。道が分からなくなった時点で引き返せばいいのだけど、僕の方向感覚・状況把握能力・帰巣本能を存分に発揮させんがため「っぽい」方へとにかく自転車を走らせる。そして墓穴を掘る。暑い。妙な頭痛がしてくる。結局2時間ばかりも炎天下を亡霊のように彷徨った。助けてくれ。

帰還すると母が「今日は誕生日だから晩飯をつくってくれ」と言う。スーパーでトマトホールを買ってきて(もう買い物なんかなんのその)、茄子スパゲティーをつくる。トマトホールがちょうど特売日で88円だった。安い。僕はぼんやりと、金と時間と労力のバランスについて考えていた。……